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校正・校閲の仕事はAIによってなくなるのか?
近年、AIの技術が急速に進歩しており、AIを用いた様々なツールが増えてきています。その一方で、AIにより従来から人間が行っていた作業がなくなるという不安も聞こえます。
数年前に話題になった、AIの台頭によりなくなる職業。
その可能性が高いものとして、次のようなの職業があげられています。
『一般事務、受付、銀行窓口、警備員、検収・検品係、スーパーの店員、配達員、データ入力、 保険事務員、レジ係、タクシー運転者、バス運転者…… etc.』
完全に置き換わるというよりも、その仕事の大部分がAIで代替可能というものです。
同様に、校正・校閲の領域においてもAIへの移行が期待されています。既にAIを用いた校正支援ツールも存在しています。
これらのツールは校正作業の効率化や品質向上に役立ちますが、まだまだ完全に人間のする校正に置き換わるものとまではいきません。
校正・校閲の仕事がAIに置き換わる基準の一つとして、まずは表記揺れの解消が目途になってくると思います。
表記揺れは、単純に表記を統一すればいいというものではなく、文脈によってあえて使い分けている場合があります。小説などでは、登場人物などにより「ぼく、僕、ボク」などのように意図的な使い分けが見られます。また固有名詞などは、そのままにしておかなければいけません。
そのような条件下で、本当に表記揺れを起こしているものだけをピックアップして100%に近い精度でAIが間違いを発見できる日がくれば、校正・校閲の仕事が完全にAIに置き換わる日が来るはずです。
ただ、AIの進化の度合いは計り知れませんが、現段階ではまだAIでもそこは不可能な領域です。
1. 世界最高レベルの日本語の難解さ
AIの英語学習に関しての精度は飛躍的に向上しています。翻訳サイトの進化も目覚ましいものです。
英語に関しては、単語を入力するだけで文章を作成してくれるサイトもあります。【参考サイト】 > Articoolo
ですが、こと日本語に関してはまだまだです。文章を作るどころか間違いさえ指摘できないのが現状です。現状市販されているデジタル校正ソフトも、あくまで校正支援を目的としているものです。そこには、日本語の習得の難易度が大きく関係していると思われます。
以下は、英語圏の外交官が語学習得する難易度を表しているものです。
日本語はもっとも難しいレベルに位置しています。
▼ FOREIGN SERVICE INSTITUTE LANGUAGE DIFFICULTY RANKINGS
(外務省の語学難易度ランキング)
■ CategoryⅤ*(More than 88 weeks)→ 88週以上(約1.7年以上)
日本語はしばしば主語が省略されることがあります。曖昧な表現も多く、前後の文脈を理解しないと解釈が異なってくる文も多いです。受け身と尊敬語なども、表現は同じであっても意味合いが違ってきます。
逆にいえば、主語-述語の関係を明確にし修飾語や副詞はなるべく避け、AIが理解できるような文章を心掛ければ、高い精度で間違いを検出してくれるかもしれません。
これは、現在市販されているデジタル校正ソフトでも同様です。文章の構造や語句を簡単なものにすれば、間違いの発見率も上がります。
ただ、文章表現に制限を掛ければありきたりな文章になってしまいます。そこまでして、AIを導入しようと考える方は現段階では少ないでしょう。
AIにどこまで求めるかによりますが、限定的な使用なら使える場面は多いと思います。ただ、限定的でしか使用しないなら市販のデジタル校正ソフトで十分だと言えます。
2. 費用対効果
・AIの導入費用 >>> 人件費
経営的には、これが一番大きいかもしれません。仮に、校正・校閲をAIに置き換えることができても、制作工程全体のフローも改善する必要があります。
その導入費用はかなり大きなものになってきます。当然維持費も必要です。
それだけのコストや労力をかけて校正・校閲を自働化する必要があるのか。
仮に、AIが完全に日本語をマスターして、導入コストも人件費と比べ妥当なものとなっている日が来たとすれば、そのときには、なくなっている職業は山ほどあるはずです。
そのような中で、職業として「校正・校閲」が存在しているかはかなり疑問です。校正・校閲の仕事がなくなるとか言っている次元ではないでしょう。
3. 校正・校閲という仕事の重要性が不明確
「そもそも置き換える必要があるのか?」ということです。
校正・校閲の重要性や難しさが理解されていないため「誰でもできる仕事」と思われていることは多いです。
(※これは、校正者が自分達の職種の重要性や価値を発信できていないことが大きいので、校正者の責任でもありますが)
現に、専門の校正者がいない会社は非常に多くあります。編集や進行管理など他の職種の方が校正・校閲を兼務していることもあります。
誰もができると思われている状態では、わざわざAIに置き換えようという考えには及ばないはずです。
4. AIの台頭よりも先になくなる?
「校正・校閲の仕事は AI によってなくなるのか?」の問いに対して、現段階での答えは「No」です。
でも、校正という仕事は、AIに置き換わる前になくなっているかもしれません。
現在でも完全消滅までには程遠いですが、システム化により校正者の負担を軽減している会社はあります。それには、上流工程での品質管理がカギとなっています。
間違いを見つける から
間違いのもとを見つける への変化です。
言い換えれば、
起こった間違いを校正者が見つけるのではなく、
間違いが起こらないようにする(もしくは事前に間違いを見つける)
考えにシフトしています。
オンライン校正の目的がこれに近い考え方です。
今まで制作工程の下流にあった校正は、最後の砦として品質を支えてきましたが、現在では制作の上流工程で、システムやデジタルツールが品質を支えていることも珍しくありません。
校正・校閲だけに限らず、決まりきった作業で正確性・スピードを要求する仕事は、AIの得意とする分野です。そういう分野は着々と置き換えられつつあります。
既にシステムを構築したりデジタル化されていたりすることも多く、その有効性を実感している方も多いでしょう。
文字情報がデータ化された時代に、出力された紙だけで校正者にすべての間違いを見つけてもらうなんて考える人はもうほとんどいないはずです。
校正者一人がどんなにスキルアップを図ったところで、機械には太刀打ちできない部分があります。
出版・印刷業界が華やかだった時代と違い、コスト圧縮 ・人材不足が続く今のような状況では、人の手に頼るアナログな方法では限界があります。
5. 校正・校閲の職域の変化
校正・校閲の仕事がなくなる日が来るのかどうかわかりませんが、これからは校正・校閲の職域も大きく変わっているはずです。現在でも、紙で校正するのではなく、パソコンを使いこなす校正者は増えています。
これは決して、Webの文章校正が増加したからパソコンを使わなければいけない状況になった、というわけではありません。紙とかWebとか関係なく、パソコンを使ったほうが校正・校閲の仕事が効率化できる(ラクにできる)時代になってきたからです。
校正者も様々なツールを理解し、自分たちの仕事のどの部分がデジタル化できるのか、どうやったら事前にミスをなくすことができるのかを提案していく必要があります。特に社内にいる専門の校正者なら、来た仕事の間違いを見つける(目の前の仕事だけを見る)という姿勢ではなく、間違いの元をなくすという風に考えを変えていくことが重要になってきます。
6. 校正者も考え方の変化を
校正・校閲という仕事は、紙・Web・動画など媒体に関係なく、正しい日本語を発信するための重要な媒介となる職種です。人が介在するところに必ずヒューマンエラーが起こる以上、そう簡単になくなる仕事ではありません。
ただ、これからの校正・校閲は、データの段階でいかに品質を高めるかがカギになってきます。データが紙に落とし込まれた状態では、できることが限られてきます。
「これからも紙だけで校正していく」と考えている校正者は、今ある仕事が先細りしていく可能性は高いでしょう。
おわりに
AIは、短時間で大量の文章を校正することができ、疲れも知らず不眠不休で24時間体制での校正が可能になるなど、多くのメリットがあります。
部分的にでもAIを活用することで、スピードや正確性の向上など、多くのメリットを得ることができます。
さらに、AIは常に学習を続けているため、今後は人間が見落としがちな誤りを分析し、それに対する改善策も提示してくれるかもしれません。
一方で、AIによる文章校正には、文脈理解や表現に関する限界などのデメリットが存在します。AIは文章の校正に役立つ面もありますが、現段階では完全に人間の行う校正に置き換わることは難しい状況です。
AIとの付き合い方は、AIにより校正の仕事がなくなるというようなネガティブな関係ではなく、AIと人間両方の長所を活かし役割分担をすることで、校正の質を高め、仕事の確保・新たな仕事の創出へとつなげていくものと考えるのが、ベストな関係だといえるでしょう。