固有名詞の漢字表記について[新字体?旧字体?]

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固有名詞の漢字表記について[新字体?旧字体?]

固有名詞の中には、常用漢字ではない漢字「表外漢字」を含むものがあります。

具体的には次のようなものです。

「芥川 之介」
澁澤 榮一」
「慶大学」
「東京術大学」
「野村券」

これらは常用漢字の新字体に直して表記されることもあり、校正者としてはどの表記が正しいか迷うことも多いと思います。

そこで新聞・教科書・テレビなどさまざまなメディアの対応を参考にしながら、このような表外漢字の扱い方を紹介していきたいと思います。

[記事作成にあたっては、以下の書籍・辞書・サイトを参考にしています]

・日本エディタースクール_校正実務講座
・日本エディタースクール_校正必携 第8版
・共同通信社_記者ハンドブック 第13版
NHK 放送文化研究所
・教育出版株式会社_言葉のてびき

■ 常用漢字の一覧は、文化庁のサイトから見ることができます。
  > 常用漢字一覧表[pdf]

1. 表外漢字の取り扱い基準

1949年に設けられた「当用漢字字体表」では、学習の容易さなどを目的に、より“簡略化された字体”が多く採用されました。簡略化された字体のほうを「新字体」、それに対し以前のものは「旧字体」と呼びます。

【例】
 縣(旧字体)→ 県(新字体
 轉(旧字体)→ 転(新字体

そして、当用漢字表に代わるものとして出されたのが「常用漢字表」です。
「当用漢字字体表」で整理された漢字の新字体は、「常用漢字表」でも引き継がれています。
・1981年「常用漢字表」
・2010年「改定常用漢字表」

現在は、この改定された「常用漢字表」と「人名用漢字(2010年)」「表外漢字字体表(2000年)」を基準として、漢字の読み書きが行われています。

常用漢字表の答申では、
「常用漢字表に掲げていない字体に対して、新たに表内の漢字に準じた整理をおよぼすかどうかの問題については、当面、特定の方向を示さず、各分野における慎重な検討を待つことにした」とあります。

『校正実務講座(日本エディタースクール出版)』のテキストでは、固有名詞に関し次のように記載されています。

1. 校正にあたっての原則は、“原文尊重”
原稿に簡略字体が書かれていて、その字体で印刷できるなら、あえて直す必要はない。

2. 人名は注意
子(旧字体)」→「子(新字体)」のように、むやみに字体を変えるべきではない。本人が望む字体を尊重する。名前はその人の“アイデンティティ”にかかわり、漢字の字体もその一部だと考える立場があるからです。

2を参考にするなら、「芥川 之介」は「芥川 之介」と表記するのがよいことになります。

以上のことから、どの表記を使用するかは、いろいろな立場を考慮して判断していく必要があります。すべての媒体に当てはまる絶対的なルールは存在しません。

校正をするにあたっては、基本的には前述の考え方で問題ありませんが、さらに各メディアの対応も参考にしていきたいと思います。

1. 新聞社

『記者ハンドブック(第13版)』では、「書き方の基本」用字についての説明で【漢字使用】という項目があります。その中で「固有名詞も、常用漢字表、表外漢字字体表、人名用漢字が示す字体を使うことを原則とする」と明記されています。

 原則

一例として次のようなものがあげられます。

田  → 広田
瀧澤  → 滝沢
一  → 寿一(としかず)
・慶  → 慶応
教大 → 仏教大
・文春秋 → 文芸春秋

新聞では、常用漢字の新字体を使うのが基本といえます(※記者ハンドブックにならう場合)。

ただ記者ハンドブックには続きがあり、
人名、自治体名で次の場合は例外として旧字体、異体字を使ってもよい」としています。
(字体が異なっていても同じように使える文字を「異体字」といいます)

例外 1~3

1. 原則の字体(かっこ内)と著しく違う旧字体、異体字で、複数の字体を使い分けるもの

 渕 (淵)
 薗 (園)
 嶽 (岳)
 舘 (館)
 圀 (国)
 穐 (秋)
 舛 (升)
 條 (条)
 嶋・嶌 (島)
 冨 (富)
 峯 (峰)
 萬 (万)
 埜 (野)
 龍 (竜)
 蘆 (芦) など

2. 本人の希望などに基づき、特定の人物に限り使うことを決めた場合

3. 本人、家族からの強い希望があった場合などは、原則以外の字体を使うこともある(ただ注意書きが必要)

原則だけを見ると新字体重視な印象を受けますが、例外の3点も含めると、柔軟に対応すべきことがわかります。

たとえば「慶大学」は「慶応大学」と表記されますが、「国士大学」「谷大学」では旧字体の表記が尊重されます。

2. 教科書(学校)

続いては、学校で使われる教科書の表記です。

教科書業界では、「国語審議会」の方針に従う考え方と、歴史上の人物は当時の表記にする考え方の両方があります。各出版社の歴史の教科書を見ると、次のように表記がわかれています。

・芥川竜之介(新字体): 東京書籍
・芥川龍之介(旧字体): 大阪書籍、帝国書院

・坂本竜馬(新字体): 東京書籍、教育出版、日本書籍、帝国書院、清水書院
・坂本龍馬(旧字体): 大阪書籍

教科書の出版社によって漢字表記の方針が異なります。学校で習ったからという理由で、その知識がすべてに適用できるとは限らないことがわかります。

3. NHK(テレビ)

NHKのニュースでは、固有名詞も一般名詞と同じ扱いで「常用漢字表」に載っている新字体が優先されています。ただ、NHKのすべての番組で旧字体を使わないと決めているのではなく、番組ごとに判断するともされています。

NHKのサイト、放送文化研究所では「慶應大学と表記してはいけないのか?」という放送現場からの疑問に次のように回答しています。

「NHKをはじめとして新聞社および通信社では、『常用漢字表』に掲載されており、多くの人にわかりやすい『応』を推奨しています(一部抜粋)」


> NHK 放送文化研究所

2. 新字体? 旧字体? 迷いやすい漢字

校正作業の中で「常用漢字表」を確認したいときは、日本エディタースクールの『校正必携』が役立ちます。すべての常用漢字が五十音順で載っており、かっこ書きで旧字体も記載されています。新字体との関係性が一目瞭然です。

新字体と旧字体の関係性がつかめていれば、校正中に出てきたときにも、統一作業や確認作業がスムーズに行えます。

以下は『校正必携 第8版』の常用漢字表の中から、目にすることの多い旧字体をもつ漢字の一部を抜粋したものです。

※音読み・訓読み両方で載っている漢字もありますが、旧字体で見る機会の多い読みのほうで抜粋しています。

 読み     

 エイ   栄 ↔ 榮 
 エン   円 ↔ 圓 
 オウ   応 ↔ 應
 カイ   会 ↔ 會
 ガク   学 ↔ 學
 ガク   岳 ↔ 嶽
 くに   国 ↔ 國
 ゲイ   芸 ↔ 藝 
 ケン   県 ↔ 縣  
 さくら  桜 ↔ 櫻 
 さわ   沢 ↔ 澤  
 しず   静 ↔ 靜
 しぶ   渋 ↔ 澁
 しま   島 ↔ 嶋
 ショウ  証 ↔ 證
 ジョウ  条 ↔ 條
 タイ   体 ↔ 體
 たき   滝 ↔ 瀧
 テン   転 ↔ 轉
 トウ   灯 ↔ 燈
 ひろ   広 ↔ 廣
 ブツ   仏 ↔ 佛
 べ    辺 ↔ 邊
 ほたる  蛍 ↔ 螢
 ま    真 ↔ 眞
 みね   峰 ↔ 峯
 マン   万 ↔ 萬
 リュウ  竜 ↔ 龍 など

なお、学校名の表記で迷いやすい「ふぞく」の表記ですが、「常用漢字表」では次のように “意味の違う別の字”として両方記載されています。

 フ 
 フ 

ただ、以前の「当用漢字表」では「付属」のほうが推奨されていた名残で、「附属」をあえて「付属」に修正した表記も目にします。

記者ハンドブックでは、「固有名詞でも附属は使わない」と明記されているため、校正をする媒体によって注意する必要があります。

「附属」と「付属」の表記については、教育出版株式会社 編集局『言葉のてびき』にも記載されています。詳しく知りたい方は参考にしてみてください。


「附属」か「付属」か

おわりに

以上、固有名詞の表記の仕方について見てきましたが、常用漢字表にない表外漢字の取り扱いは、媒体ごとにいろいろな立場があり絶対的な基準がないといったところです。

そのため媒体ごとの基準を確認しつつ、作者・筆者の意向に沿うのが適切な判断といえます。

校正者としては、定められたルールに従い文章の確認をしていく必要があります。


1. 「記者ハンドブック」(一般社団法人共同通信社)

 記者ハンドブック
 > 記者ハンドブック 第14版

2. 「校正必携」(日本エディタースクール出版部)

 
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