
疑問出し(鉛筆出し)の意味と基準
1:疑問出し(鉛筆出し)の意味
校正用語としてよく耳にする「疑問出し」や「鉛筆出し」は、同じ意味になります。
『校正時に校正側で正否の判断ができないものに対して、校正ゲラにその旨を鉛筆書きで記し、発注側(クライアントなど)に疑問点を投げかけること』です。
「ギ出し」や「鉛筆書き」などともいわれたりします。
疑問に思ったことをすべて何でも鉛筆で書き入れるということはありません。疑問出しが多くなれば、校正者側にも負担ですし、それを見る側(疑問をジャッジする側)にとっても負担になるからです。
近頃では、予算の縮小に伴い、たとえ疑問点があったしても、原稿通りであればそのまま進めるという校正物件もあります。この方針は、特に珍しいということでもありません。
2:疑問出し(鉛筆出し)の基準
この疑問出しをどこまでするのか(範囲)の基準は、会社や個人、媒体によって違ってくるため明確な線引きはできません。ですが、ある程度ならルール決めをすることができます。
たとえば、
・誤字脱字などの明らかな間違いのみは指摘し、てにをはや文の言い回しが多少おかしい程度なら疑問出しはしない
・部分的な体裁の不揃いなどは疑問出ししなくてよい
などといった具合です。
このようなわかりやすいルール決めは簡単ですが、校正の現場で起こりえる疑問は多種多様です。校正者によっても捉え方が異なってきます。
たとえば、校正者Aさんにとっては重要だと思う疑問点も、校正者Bさんにとっては流してもいいと判断するケースがあります。そもそも疑問に思わないということもありえます。
複数の校正者で作業する場合、仮に明確な作業方針を明示していても、校正者個々の経験値やスキル・思考方法が完全に一致することはありえないため、それぞれ見るポイントが異なってきます。当然、疑問に思う点にもバラつきが出てきます。
そのため、厳密なレベルでの疑問出しの基準を揃えるのは難しいと言えます。多少のバラつきが出るのは許容かもしれません。
しかし、難しいながらもチームで校正作業をするなら、ある程度の疑問出しの判断基準を練っておく必要があります。普段からのコミュニケーションが大切です。
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この場合は疑問出しをする
この場合は疑問出しをしない
この場合は皆で共有して決める etc.
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特に、校正を管理する立場(もしくは仕事を振る側)の人は、判断基準を持っておかないといけません。そうでないと、作業方針がブレブレになり致命的です。
3:疑問出し(鉛筆出し)での注意点
(1)不親切な疑問出し(言葉足らずの疑問出し)
「OK?」「ママOK?」「トル?」などのような疑問出しをよく見かけます。
校正した本人は疑問点が明確にわかっているので、これらのような簡易的な疑問出しでも相手にも通じると思い込んでしまいます。第三者の視点が欠けています。これは、一種のコミュニケーションエラーです。
校正指示は、赤字でも疑問出しでも、相手に明確に指示内容を伝えることが大切です。
疑問出しを見る相手に『何がOKなのか?』を明確に伝えてあげる必要があります。
「トル?」もなぜそれをトルのかを書き加える必要があります。
※疑問出しは、たとえクライアントであっても敬語でなくても大丈夫です。校正指示は内容を的確に伝えるものです。敬語がダメというわけでもありませんが、一つの校正物の中で敬語とそうでないものが混ざるのは好ましくありません。
(2)主観的な疑問出し
これは、「自分が違和感があるから」「あまり聞かないから」という理由での自分主体での疑問出しです。
疑問出しをするからにはその根拠が必要になります。その疑問の根拠を問われたときに、客観的に説明できるかどうかです。
根拠としては、
・前号の印刷物ではこう記載されているから
・辞書ではこの用語のほうが一般的とされているから
・公的なホームページでこのように発信されているから
などになります。
疑問出しに何らかの裏付けを示せないと、自分本位な校正になってしまいます。「ただ、違和感があったので……」という根拠での疑問出しは校正者なら避けたほうがいいでしょう。
(3)疑問出しが多くなるとき
疑問出しが多くなるのがダメではなくて、疑問出しが多くなりそうだと思ったら事前に相談したほうがよいということです。
疑問出しが多くなると校正に時間がかかります。時間がかかるということは、その分の費用が発生します。そのため、疑問出しが多くなりそうなとき(多くなってしまったとき)は、一旦校正現場の責任者やクライアントと相談するのが適切です。
・このまま作業を進めてよいのか?
・このような疑問出しをする必要はあるのか?
などです。
もしかすると不要な疑問出しがあるかもしれません。黙々と校正作業を進めていたら、無駄な疑問を出し続けるはめになることもあります。
また、(3)で要注意なのが、多くの疑問出しの中に赤字が埋もれてしまい、正すべき赤字の修正が見落とされる危険があることです。さらに、校正者側でも、疑問出しに気を取られるあまり、致命的な間違いを見落とす可能性があります。
4:疑問出し(鉛筆出し)の例
■ 例1
▼ 原稿が間違っているとき
原稿の「あいううお」が、校正ゲラで「あいううえ」に仕上がってきた場合、
校正ゲラの「え」を「お」にする赤字を入れます。
これは、原稿という明確な基準があり、それと相違があるので当然赤字になってきます。
この原稿の「あいううお」が「あいうえお」ではないのか?ということは、(間違いである可能性は高いが)原稿通りなので疑問出しになります。
▼ ここでの疑問出しの例
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・「え」では?
・「え」ではないですか? など
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・ここで、「う」を「え」にする赤字を入れるのは適切な判断とはいえません。
【適切でない例】
あくまでも基準は原稿です。原稿通りに仕上げるのが基本です。原稿が間違っているからといって校正者側で勝手に赤字にしてはいけません。この場合は、疑問出しが適切な処理になります。
■ 例外として
(1)事前の取り決めで、原稿に明らかな間違いがあれば赤字を入れてください言われた
(2)疑問出しが流される(見逃される)ような状況にある
(2)についは以下の状況です。
・疑問出しをジャッジする側が、赤字は重視するが、鉛筆書きの疑問出しを重視しない傾向にある
・疑問出しをジャッジする側が、忙しい・時間がないなどの理由で、意図せずとも疑問出しをスルーしてしまう状況にある
(2)の場合の対処法としては、あえて赤字を入れて鉛筆で補足しておく方法もあります。
【例】
この例では、「あいううお」と単純な文なので上記のような補足で通じますが、場合によっては補足する文が長くなることも考えられます。
赤字も疑問出しも簡潔であることが望ましいですが、伝わりやすいのであれば少々長い文になっても問題ありません。
■ 例2
▼ 原稿の赤字が不足している
原稿の1行目で『商品A(NK-1011)』を『商品A(MZ-1011)』にする赤字が入っています。
ですが、3行目にも『商品A(NK-1011)』があるので、校正ゲラ上で商品Aの品番が2つ存在することになります。
品番は、基本的に1つの商品に対して固有のものです。「商品A」に2つの品番があることは考えにくいです。
そこで、3行目にも「MZ」にする赤字が必要ではないか?と疑問が浮かんできます。
ただし、この場合は2パターンの可能性が考えられます。
1.品番を正す場合
2.商品名を正す場合(※仮に「D」としています)
1の可能性が非常に高いですが、2も考えられます。
そのため、前述の「例1」のように赤字を入れて文字で補足する指示は適切ではありません。
【適切でない例】
このような場合は、疑問出しで対処する必要があります。
▼ 疑問出しの例
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『同商品で品番が異なっています』 など
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上記の「例1」「例2」は、基準となる原稿がある場合です。
原稿がなく校正ゲラだけ渡されて素読みを依頼されたなら、「例1」の『あいううお』の場合、赤字だけで大丈夫です。
■ 例3
▼ 文章表現
疑問出しは、校正者によって指摘の範囲が大きく異なってくるところです。
文章表現は、文法がおかしいからダメ、旧字体だからダメ、一般的でないからダメということでもありません。
キャッチコピーや見出しなどでは、あえて文法に沿わない表現にしていることが多いです。
たとえば、観光地のグルメ特集のキャッチコピーとして『京都は、美味しい!』とされていても言いたいことがわかります。
ですが、これが文中に出てくると疑問出しの対象になることもあります。
また、リズム感をよくするために文を短く区切ることもあれば、逆に文の流れを崩さないように長文で一気に説明する場合もあります。
文章の内容によっては、あえて独特な表現をしている場合もあります。一般的ではない言い回しをしたり、旧字体や難しい漢字(※)を使う場合もあります。
この辺りは何が正しいとも言えず、その媒体や文章の内容などを汲み取って、疑問出しをするかしないかジャッジしていく必要があります。
ここは、校正者のスキルが問われるところでもあります。
※読みが難しい漢字などには、ルビを振る疑問出しをすることがあります。
5:校正を外注するときの注意点
▼ 校正を外注する場合(発注側視点)
校正物を内製するなら自分の管理下で、その都度疑問出しのジャッジができるので問題ありませんが、校正会社に外注する場合にはそうもいきません。
起こりえる疑問を想定して、事前に「この場合はOK」「この場合はダメ」など、すべてを説明することは不可能です。
これは、校正会社側で疑問を取りまとめてジャッジしてくれる責任者がいるのであれば問題ありません。
ですが、そうでない場合もあります。たとえ責任者がいたとしても、自分の判断基準と相手の判断基準が合致するということはまずないです。
そのため、仮に200ページの校正物を外注するなら、全部校正が終了してから受け取るのではなく、一割程度の20ページぐらいが終わった時点で一旦校正済みゲラを見せてもらうことです。
そこで、疑問出しが多いようであれば作業方針を見直す必要があるかもしれません。また、不要な疑問出しがあれば、校正会社にこの疑問出しは必要ありませんと伝えておきます。
そうすると、校正会社側も無駄な疑問出しをせずにすみますし、自分にとっても不要な疑問出しに目を通すことがなくなるので効率的です。