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文学作品を通して校正の注意点と疑問出しのポイントを学ぶ
一口に校正と言っても、その対象は書籍・雑誌・新聞・Webコンテンツなど多岐にわたり、校正のやり方も異なります。また、同じ書籍であっても、小説などの文学作品とビジネス書などの実用書では、注目するポイントを変える必要があります。
この記事では、文学作品を通して校正する際に注意すべき点、疑問出しをするポイントについて解説しています。
■ 文学作品とは?
思想や感情を、言語で表現した芸術作品。詩歌・小説・戯曲・随筆・評論など。文芸。【出典:小学館_デジタル大辞泉】
原文を尊重する
「原文尊重」が校正者の基本スタンスですが、文学作品に関してはより一層その意識を強く持つ必要があります。著者の感性を表現する芸術作品であることを念頭に置いて校正をします。特に原文を尊重すべきポイントとしては、以下のようなものがあります。
1. 読点の打ち方
読点(、)の打ち方は絶対的なルールがないため、著者の個性が表れやすい部分です。打つ位置や頻度に好みの差があることに加えて、演出のためにあえて読点を多くしたり少なくしたりしていることも考えられます。
校正としては、読点の位置によって意味を取り違えるおそれがあるような場合のみ指摘を出す程度にし、基本的には原文のままとするのが適切な判断です。
2. 表記(漢字の閉じ開き、送り仮名など)
文学作品では、ちょっとした表記にも意味や著者のこだわりが込められている場合があります。
たとえば、小さい子供のせりふには漢字をあまり使わない、全体としてはひらがな表記が多出の語句でも、ひらがなが連続する箇所では漢字にするなどです。表記がばらついているように見えても機械的に統一するのではなく、著者の意図を汲み取るように心がけます。
送り仮名に関しても同様です。常用漢字の送り仮名については、基本的な法則としての「本則」のほか、慣用的に使われているものとして認められる「許容」の付け方もあります(参考:文化庁ホームページ)。
【出典:文化庁_送り仮名の付け方_通則1】
たとえば「おこなう」であれば、「行う」が本則、「行なう」が許容です。いずれも間違いではなく、特に文学作品の場合は、どちらを使うかは著者の好みによる部分が大きいです。
校正者にとっては本則のほうが見慣れた表記であっても、著者は許容の表記を好んで使っていることもあります。作品全体を見て、送り仮名が統一されていればそのままにし、ばらついている場合は多出にそろえる指摘を出しましょう。
3. 文章表現
文章表現に指摘を出す際は、上述の読点や表記以上に慎重になる必要があります。あまり踏み込んだ指摘を出すと著者の心証を損ねるおそれがありますし、校正の指摘が反映されたことで著者の持ち味が失われてしまうこともあるためです。
どうしても違和感がある部分には指摘を出しますが、その場合も文章を大幅に修正するような提案はせず、注意喚起する程度にとどめます。
指摘を出すべきポイント
ここまで原文を尊重することを強調してきましたが、もちろんすべてを原文のままにしておけばいいわけではありません。その作品を読む読者の違和感につながらないよう、校正者として指摘を出すべきポイントもあります。
1. 作品内での整合性
フィクション作品は設定を一から作り上げているものも多いので、作品全体の中で整合性が取れているかのチェックは必須です。
具体的には、登場人物の一人称や二人称にブレがないか、口調は統一されているか、作中の時系列に矛盾が生じていないか、造語が使われている場合は作中で表記が統一されているかといった点に注意します。
人物リストや相関図、時系列表、用語表などを作りながら読み進めると、こうした矛盾点にも気づきやすくなります。
2. ファクトチェック
フィクションであっても、現実世界を舞台にした作品の場合はファクトチェックが必要なケースがあります。
作中に実在の人名・地名・商品名などが出てきた場合は、名称が正しいか確認します。日時の表記が出てきたときも注意が必要です。作中の年月日と現実の事象が合致しているかに留意し、必要に応じてファクトチェックをします。
たとえば小説の一場面として次のような描写が出てきたとき、どこをチェックすればよいか考えてみてください。
【例文】
平成最後の日、私は中学時代の友人と待ち合わせをしていた。卒業以来会っていなかったから、実に10年ぶりだ。待ち合わせ場所は東京スカイツリーの下。見上げたスカイツリーは圧倒的な大きさで、雲一つない青空を突き刺すように伸びていた。
ちなみに、友人と最後に会ったのもこの場所である。どういう流れだったのかは忘れてしまったが、中学校の卒業式の後、仲良しグループの数人で連れ立って遊びに来たのだった。
【解説】
1. まず冒頭に「平成最後の日」とあることから、この場面は2019年4月30日であると特定できます(コトバンク「平成」)。
2. 次に「中学時代の友人」「卒業以来会っていなかったから、実に10年ぶり」という描写と、この場面が2019年4月であることから、主人公は2009年3月に中学校を卒業していると計算できます。また、「待ち合わせ場所は東京スカイツリーの下」とあるので、この場面の舞台は東京であることがわかります。
これらの前提を踏まえると、以下のような点に指摘を出す必要があります。
1. 天候
「雲一つない青空」とありますが、2019年4月30日の東京の天気を調べると、一日を通して雨または曇りです(気象庁ホームページ)。「実際には雨または曇りだったようですがよろしいでしょうか?」といった注意喚起をします。
天気のほか、積雪量、梅雨入り・梅雨明けなどの気象情報に関しては、気象庁のホームページで確認できます(気象庁数値データページリンク集)。
ちなみに日の出や日の入りの時刻、月齢などについては国立天文台のホームページで調べられます(国立天文台 こよみの計算 長期版)。
2. 時代背景
スカイツリーは2008年に着工し、完成は2012年です(東武鉄道株式会社ニュースリリース【PDF】)。「中学校の卒業式の後」、つまり2009年の時点で遊びに行くのは不自然だと思われます。
日時の表現が「2019年4月30日、東京は雲一つない青空だった」「2009年3月、私は中学校を卒業した」というようにストレートなものであればチェックしやすいですが、実際には上の例文のように、文中の情報を読み解いていかなければならないケースが多いです。何気ない描写も読み飛ばすことなく、ファクトチェックのアンテナを張っておきましょう。
おわりに
以上、文学作品を通して校正する際に注意すべき点、疑問出しをするポイントについて解説しました。
文学作品特有の注意点はありますが、表面的な日本語表記だけに注目するのではなく内容を理解しながら読むことなど、基本的な部分は他のジャンルのものを校正する場合と共通しています。
著者の感性を尊重することと、その作品を読む読者を意識することのバランスが重要です。