校正ミスを引き起こす心理的影響[その見落としは脳の責任かも!?]
校正・校閲は、文章の正確さを保つために欠かせない作業ですが、どれほど経験豊富な校正者であっても見落としをすることがあります。その原因は、単なる注意不足ではなく、脳の働きによる錯覚が関わっている可能性があります。
こうした心理的な要因による見落としを防ぐには、まずは校正者の目を曇らせる原因を理解することが大切です。ミスが発生した際には、起こった事象だけを見て対策を講じるのではなく、脳の働きがどのように校正作業に影響を与えているかを知ることもミス防止につながります。
以下、校正作業に影響を与える心理的要因をいくつか紹介したいと思います。
[記事作成にあたっては、以下の書籍・辞書・サイトを参考にしています]
・『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』(情報文化研究所)
・『認知バイアス 心に潜むふしぎな働き』 (ブルーバックス/講談社)
・『デジタル大辞泉』(小学館)
・『知恵蔵』(朝日新聞出版)
・『コトバンク』(https://kotobank.jp/)
1. 確証バイアス
確証バイアスとは、自分の先入観や期待に合う情報ばかりに目が行き、反対の情報を無意識に無視してしまう現象のことをいいます。
たとえば、校正を行う際に「一度読んで内容を理解した」「自分の書いた文章は正しい」といった前提を無意識に持ってしまうと、『間違いがあるかも』という意識は排除され、誤りを見逃しやすくなります。
また、前回の校正で問題がなかった部分を「正しい」と思い込んでしまい、再確認が疎かになることもあります。これは、脳がすでに正しいと認識した情報に対して疑いを持ちづらくなるせいです。
特にファクトチェックを行う際には、自分の判断や考えを裏付ける情報だけを選んでしまう確証バイアスの性質を理解し、客観的な視点を持つことが重要です。情報の取捨選択には細心の注意を払い、偏っていないか自問自答しながら行う必要があります。
2. 熟知効果
校正作業では、文章を何度も読み直すことが必須です。この繰り返しによって、文章の内容をより深く理解できるようになります。しかし、同じ文章を繰り返し読むことで、脳がその文章に「慣れ」てしまい、誤りに気づきづらくなる現象が起こる場合があります。このような繰り返し見た情報に対して注意が減少する現象を「熟知効果」と呼びます。熟知効果が進行すると、視覚的な注意が鈍り、細かい部分に対する注意が大きく低下する傾向にあります。
特に、普段からよく使っている表現や見慣れた言葉に対しては、この効果の影響が顕著にあらわれます。これらの言葉や表現は、脳によって「既知の情報」として処理されるため、細部まで注意を払わずに無意識に読み飛ばしてしまうことが多くなります。その結果、誤字や脱字などのミスが見逃されやすくなります。
校正の際には、よく目にする言葉や定型的な表現があれば、熟知効果が働くことを意識し「新鮮な情報」として一文字ずつ丁寧に確認していく心構えが大切です。
3. パターン認識
脳には、一定のパターンに従った情報を無意識に補完する働きがあります。そのため、実際には存在しない情報を「あるもの」として認識してしまい、誤りに気づきづらくなることがあります。人の脳は、不完全な情報であっても、文章に含まれる情報や構造の中からパターン(規則性や共通点)を見つけ出し、それを基に意味や関連性を理解とする性質を持っています。これが「パターン認識」の特徴です。普段の生活では便利な面もありますが、校正の仕事ではこの性質が見落としの原因の一つとなります。
たとえば、単語の一部の文字が抜けている場合でも、脳はその抜けた部分を自動的に補完してしまいます。この結果、間違いに気付きづらくなります。具体的には、「よろしくお願いいたします」と書かれるべきところが「よろしくお願いたします」と誤っていた場合でも、脳は文脈から誤りを補完してしまい、「い」が抜けている間違いに気づけないことがあります。
このような脳の補完機能は、日常生活では役に立つことが多いものの、校正の場面では逆効果となることがあります。そのため、文章の細部、一字一句にまで意識を集中させることが重要です。
4. 流暢性バイアス
文章を読みやすいと感じると、それを無意識に「正しい」と判断してしまう傾向があります。特に、リズムの良い文章はスムーズに読めるため、脳が自然とその文章を正しいものとして受け入れ、細かい誤りを見逃してしまうことがあります。この現象は「流暢性バイアス」と呼ばれ、読みやすい文章ほど、内容に対する注意が薄れ、誤りを気づきづらくさせます。すなわち、「読みやすい」ことが「正しい」という錯覚を引き起こします。
たとえば、日常的によく使われる表現や耳馴染みのあるフレーズが含まれた文章は、流れるように読めるため、多少の誤りがあっても気づきづらくなります。こういった文章では、流暢さに脳が騙され、誤字や脱字が見逃されやすい傾向にあります。
この錯覚を防ぐためには、意識的に文章を独立した単位として読むことが効果的です。また、リズムが良くて読みやすい文章であっても、「スラスラ読めるからといって正しいとは限らない」と意識することが重要です。このような意識を持つことで、流暢性バイアスによる見落としの影響を緩和できます。
5. 選択的注意
人の脳は、一度に複数の情報を均等に認識することが難しく、特定の箇所や要素に集中すると、他の部分が見えにくくなる性質を持っています。これを「選択的注意」と呼びます。
校正では色々と確認すべき項目が多いため、特にこの現象に陥りやすいです。たとえば、数値や専門用語、スペルなどのチェックに意識を集中すると、文章全体の流れや内容を見失ってしまうことがあります。また、特定の書式や形式が強調されていると、その部分に意識が集中し、他の部分を見落としてしまうことがあります。さらに、文法や句読点に注意を向けすぎると、単語の誤りや文章の流れの不自然さに気づかなくなることがあります。
部分的な集中は校正の仕事の性質上避けられないことですが、見直しの際には、俯瞰して全体を見るようにするなど、「部分的な確認」と「全体の確認」は切り離して、別の作業として行うのが賢明です。
おわりに
校正において、心理的な作用は予想以上に大きな影響を与えることがあります。これは経験や努力で何とかなるものでもありません。
脳の働きが原因で、誤った文章が正しく見えてしまっている可能性を意識し、ミスの一因となっていることを理解しておきましょう。「意識的に見る努力」や「視点を変える工夫」を取り入れることで、今まで見落としていた誤りが顕在化するかもしれません。
校正に影響する心理的作用を理解し、制作環境の品質改善にお役立てください。