「七転び八起き」はなぜ八起き? 七起きじゃない4つの理由

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「七転び八起き」はなぜ八起き? 七起きじゃない4つの理由

「七転び八起き」を算数的に考えた場合、7回転んだ場合に起きるのは7回で済みます。「八起き」だと1つ「起き」が余分です。次のようなイメージです。

では「七転び七起き」が正しいのでは?と思うかもしれません。

この疑問は算数としては自然ですが、ことわざとしては「七転び八起き」が正しい形であり、意味の面でもしっくりきます。

「七起き」でなく「八起き」となる理由は、以下の4点からなります。

1. 最初の「立っている状態」を1回目の「起き」として数えるため

人は転ぶ前から、すでに「立っている(起きている)」状態にあります。この最初の状態を「1回目の起き」と数える考え方です。起きる回数は転ぶ回数より常に「1」多くなります。

この考えでは「起きている回数(8)= 転んだ回数(7)+ 1」という関係が成り立ちます。「七転び八起き」でも算数的に矛盾せず、筋が通っていると考えることができます。

2.「八起き」でなければ教訓の力が弱まるため

「七転び八起き」を仮に「七転び七起き」とした場合、転んだ回数と起きた回数が一致します。「7回起きた後、最後に7回目の転びが来て倒れたまま終わってしまった」と解釈される余地が生まれてしまいます。

一方、「八起き」にすることで、転んだ回数より必ず1回多く立ち上がる、すなわち最後は確実に「立っている状態(=成功・再起)」という前向きな結果が保証されます。ことわざとしての前向きな訴求力は、この「+1」によって強く担保されることになります。

3.「七」や「八」は具体的な数ではなく「多さ」の象徴であるため

日本語や漢語の慣用表現では、「七」や「八」は厳密な数値ではなく「数が多いこと」を示す象徴的な数字として使われます。

数の多さを表す例として「七」や「八」が使われている言葉はいくつかあります。
「七」を含む例:七転八倒、なくて七癖、七面倒くさい
「八」を含む例:八百万の神、嘘八百、口八丁手八丁

「七転び八起き」もこれらと同様に、7回・8回という回数の算数的な対応を示したものではなく、「何度倒れても、それを上回る力で立ち上がる」という強い精神力を表現したものだということです。

4. 語感のよさと「八」の縁起のよさのため

人から人へと語り継がれて広まることわざにおいて、語感は重要な要素です。

「ななころびななおき」と「ななころびおき」の語感を比べた場合、後者のほうがリズムよく、耳に残りやすい響きだとわかります。

また、漢字の「八」は末広がりの形をしており、古くから今日に至るまで縁起のよい数字とされています。成功や再起を願うことわざの結びとして、文化的な背景からもふさわしい数字です。

■「末広がり」とは?
先に行くほど広がる形のことを言います。
転じて、将来の繁栄を表す縁起のよい言葉です。

おわりに

以上の4つの理由のどれか一つというよりも、それぞれに支えられて「七転び八起き」ということわざが成立したと考えるのが自然でしょう。

「七転び七起き」は算数として筋が通っていますが、ことわざは回数の辻褄を合わせるものではなく、生き方の姿勢・教訓を伝える言葉です。

伝えたいのは正確な回数ではなく、「何度失敗しても、最後には必ず立ち上がる」という力強い意志が大切だということです。